旭川女子中学生いじめ事案

いじめをする理由といじめをしてはいけない理由


生物は、生存競争の中で、種の存続を図る為に、いじめをする。

だから、いじめをすることで快楽や喜びを感じるのだ。


貧乏人は、格差を是正する為に、金持ちをいじめる。

他方、金持ちは、資産や既得権益を守る為に、貧乏人を無視する、又は、利用する。


名声がない人は、自分を売り込む為に、名声があるをいじめる。

他方、名声がある人は、評判とイメージを守る為に、名声がない人を無視する、又は、利用する。


肉体的な力がない人は、不利な競争を打開する為に、肉体的な力がある人をいじめる。

他方、肉体的な力がある人は、自分の優位性を作り出している環境を守る為に、肉体的な力がない人を無視する、又は、利用する。


知恵がない人は、不利な競争を打開する為に、知恵があるをいじめる

他方、知恵がある人は、自分の優位性を作り出している環境を守る為に、知恵がない人を無視する、又は、利用する。


コミュ力が低いは、不利な競争を打開する為に、コミュ力が高いをいじめる

他方、コミュ力が高い人は、コミュニケーションを円滑に進める為に、コミュ力が低い人を無視する、又は、利用する。


容姿が劣っている人は、不利な競争を打開する為に、容姿が優れているをいじめる。

他方、容姿が優れている人は、自分の評価を守る為に、容姿が劣っている人を無視する、又は、利用する。


貧乏で、名声や、肉体的な力や、知恵がない、コミュ力の低い、容姿が劣っている者は、いじめをしている可能性が極めて高い

SNSや匿名掲示板に有名人の悪口を書き連ねているのは、このタイプである。

反対に、金持ちで、名声や、肉体的な力や、知恵がある、コミュ力が高い、容姿が優れた者は、いじめられている可能性が極めて高いが、「自己の優位性を作り出している環境を守り、持たざる者達を無視する、又は、利用する」という意味において「間接的ないじめ」をしている可能性が極めて高い

ゴシップ誌に狙われるのは、このタイプである。

いじめをする最大の要因は「劣等感」であり、いじめられる最大の要因は「優越感」である。

劣っているもの」「持っていないもの」が多ければ多いだけいじめをするリスクは高くなる

優れているもの」「持っているもの」が多ければ多いだけいじめられるリスクは高くなる

生物は、種の存続を図る為にいじめをしているのだ。


いじめをしてはいけない理由「ある」ともいえるし「ない」ともいえる

原則してはいけないが、例外的に許される場合があるという意味だ。

原則してはいけない理由は、この社会の多数の者達(多数派)が、「いじめを許さない=いじめをしない」という約束(契約)社会(又は、国家)と交わしているからである。

つまり「多数派の我々が多数決で決めたことだから守れ」「守らなければ罰する」という多数派の「考えを押し付ける態度」に「いじめをしてはいけない理由」がある、ということだ。

「いじめをしてはいけない理由」は、数の暴力によって保障されているのである。


多数の者達が「いじめをしてはいけない」と主張するのは、「種の存続を図る為(自分や自分の大切な者達が被害にあったら嫌だという個人的な事情)」かも知れないし、親に刷り込まれ情緒に流され被害感情を有し漠然といじめは(倫理的に)ダメに決まってると思っているからかも知れない。

いや、殆どの者が後者だろう。

だから、「いじめをしたいという気持ちを尊重しない(いじめを規制する考えを押し付ける)ことは、いじめではないのか?」と聞かれても、まともに答えられないし、考え抜いた結果、答えたくないという態度を取るのだ。

では、なぜ答えたくないのか。それは

「〈いじめをしてはいけない(いじめをしない)〉という約束には例外がある」という事実に気付いているからだ。

そして、それを認めた場合に信じていた倫理性が完全に失われることを察しているのである。

「いじめは、どんな場面においても絶対にしてはいけない行為」であるとする「普遍的且つ倫理的な理由」は存在しない

それは、つまり「許される場合がある」「(正当な)理由があれば、いじめをしても良い」ということを意味する。

先述した通り、いじめは、種の存続を図る為に行なうものだ。

種の存続を脅かされている者が、種の存続を脅かしてくる者に対して、種の存続をかけて、反撃をする為に行なうもの」という意味である。

さあ、一体、誰が被害者で、誰が加害者なのか、益々解らなくなったのではないだろうか?


私達は「他人の尊厳を奪おうとする者」の「尊厳」を奪う行為を、認めてきた。

そのような行為に反対する者もいるが、本気で止めようとは決して思わないし、そもそも、よく解らずに、他人の意見に乗っかって「いけないことだ」と言っている者が大半である。

自分の頭で考えず、流されてばかりなのだ。

いじめをしてはいけない普遍的且つ倫理的な理由は、存在しない。

あるのは、私たちの個人的な事情と、思い込みによる欠陥だらけの理由だけだ。


最後に

色々、小難しく書いたが、猿や犬にでも解るように伝えるならこうだ。

自覚なく、いじめをしている者達に「いじめをしてはいけない理由」なんてものは、1000年かけても見つけられないんだよ。


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