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『誰のせいでもない』――The End of Blame/ いじめ撲滅ドットコム 普津澤峻


「誰のせいでもない。」

私はこの言葉を、責任を曖昧にするために使っているのではない。

起きたことをなかったことにしたいわけでも、傷ついた人に我慢を求めたいわけでもない。

私は、人がいつまでも戦い続ける構造を終わらせたいから、この言葉を使う。

SNSでは、争いが起きると、すぐに加害者と被害者が決められる。

一方が正しく、もう一方が間違っている。

一方が善で、もう一方が悪である。

そのような単純な物語が作られ、多くの人がどちらかの側に加わっていく。

しかし、本当に外側からそこまで断定できるのだろうか。

当事者の間で何が起きたのか、そのすべてを第三者が知ることはできない。

当事者同士ですら、同じ出来事をまったく異なるものとして記憶していることがある。

一方は攻撃されたと感じ、もう一方は正当な反応だったと考える。

互いに「相手の認識が歪んでいる」と思いながら、自分の見ている世界こそが事実だと信じる。

だから、第三者が表面に現れた結果だけを見て、

「こちらが悪い」

「いや、あちらが悪い」

と断定しても、当事者の納得にはつながらない。

当事者からすれば、

「そこに至るまでの経緯を知らない」

という話になるからだ。

経緯がなければ結果はない。

結果の性質は、それに至る経緯の中にある。

行動の外形だけを見ても、その行動がどのような意味を持っていたのかまでは分からない。

しかし、だからといって、

「本当のことは分からない」

と言うだけでは、人の苦しみは終わらない。

傷ついたという感覚は残る。

怒りも、屈辱も、失った時間も残る。

人は、自分の苦しみを意味のないものとして抱え続けることが難しい。

だから、苦しみの原因を求める。

そして多くの場合、その原因は一人の人間に集約される。

「あの人が悪かったから、自分は傷ついた。」

その説明は分かりやすい。

敵を明確にすることで、自分の苦しみに意味を与えることもできる。

だが、現実の争いは、一人の悪意だけで生まれるとは限らない。

個人の性格だけでなく、置かれた立場、過去の経験、人間関係、組織の制度、周囲の反応、時代の価値観など、さまざまな要因が重なって生じる。

私は、その重なりを「社会の構造」と呼んでいる。

ここでいう社会とは、政府や企業や大学といった、自分の外側に存在する何かだけを指すのではない。

私自身も含めた、人間の関係全体である。

私たちが当然だと思っている価値観。

誰かを評価し、比較し、分類する文化。

失敗を許さず、勝敗を求める空気。

対立を拡散し、観客を集めるSNSの仕組み。

それらは、誰か一人が作ったものではない。

多くの人の選択や沈黙、欲望、恐れ、無関心が積み重なって形作られてきたものだ。

だから、構造に問題があると言っても、それは個々の責任がすべて消えるという意味ではない。

人は、自分の行動について責任を問われることがある。

傷つけたなら謝る必要もある。

損害を与えたなら償う必要もある。

しかし、責任を問うことと、一人の人間をすべての原因にすることは同じではない。

個人の行為について責任を考えながらも、争いを生んだ原因を一人の人格に還元しない。

それが、私の言う「誰のせいでもない」である。

より正確に言えば、

「誰か一人だけのせいではない」

ということだ。

この言葉には、もう一つの目的がある。

戦いを終わらせることだ。

人は怒りだけで戦っているわけではない。

傷つけられたという感覚、失ったものを取り戻したいという願い、自分の尊厳を守りたいという思い。

そうした感情に、

「自分は正しい」

「相手は間違っている」

「この戦いには意味がある」

という大義が結びついたとき、戦いは長く続く。

大義は、怒りに意味を与える。

苦痛を使命に変える。

本当は疲れていても、

「ここでやめれば悪に屈したことになる」

「自分が戦わなければ、同じ被害が繰り返される」

と考えれば、戦場を降りることができなくなる。

だから私は、人そのものを折ろうとは思わない。

人を否定し、屈服させようとすれば、その人は自分の尊厳を守るために、かえって大義にしがみつくことがある。

批判されたこと自体が、新たな被害の証拠として受け取られ、戦いを続ける理由になることもある。

折るべきなのは、人間ではない。

人を戦わせ続けている大義の方である。

「本当に相手だけが悪いのか。」

「相手を倒せば、失ったものは戻るのか。」

「この戦いを続けることは、本当に守りたいものを守っているのか。」

そう問いかけることで、戦いを支えている物語を揺らす。

ただし、片方の大義だけを一方的に否定すれば、その側には敗北感や屈辱が残りやすい。

自分だけが悪者にされたと感じれば、表面上は沈黙しても、対立そのものは終わらない。

だから私は、どちらか一方だけを裁こうとはしない。

双方の大義に問いを向ける。

どちらにも、事情がある。

どちらにも、自分なりの正しさがある。

どちらにも、傷ついたという感覚があるかもしれない。

だからこそ、

「相手を倒せば問題は解決する」

という物語から、双方を遠ざけなければならない。

これは、双方の行為が同じだという意味ではない。

責任の重さが常に等しいという意味でもない。

行為の内容や被害の程度には違いがある。

その違いを検討することは必要である。

それでも、戦いを終わらせるためには、どちらかを絶対的な善、もう一方を絶対的な悪として固定しない方がよい。

人を悪そのものとして扱えば、その人は戦場から降りる場所を失う。

私は勝者を作りたいのではない。

敗者を作りたいのでもない。

双方を戦場から追い出したいのである。

それは、力ずくで黙らせることではない。

この戦いを続ける大義を失わせ、もう戦わなくてもよい状態に戻すということだ。

戦いの外には、日常がある。

家族と過ごす時間がある。

仕事や研究がある。

友人との食事がある。

眠り、目覚め、くだらない話をして笑う時間がある。

劇的な勝利も、完全な正義もない。

泥臭く、退屈で、終わりのない日常である。

しかし私は、その日常こそが、人間の帰る場所だと思っている。

だから私は言う。

誰のせいでもない。

それは、誰にも責任がないという意味ではない。

何をしても許されるという意味でもない。

争いの原因を、誰か一人の悪意や人格だけに押しつけないということである。

誰か一人を悪者にすれば、話は分かりやすくなる。

しかし、その悪者を倒したあとにも、人を対立させた構造は残る。

そして構造が残る限り、次の悪者が選ばれ、次の戦いが始まる。

私たちが本当に向き合うべきなのは、誰が絶対的に悪いのかという問いだけではない。

なぜ人は、自分の正義を証明するために戦い続けなければならなくなるのか。

なぜ私たちの社会は、誰かを悪者にしなければ苦しみを処理できないのか。

そこまで考えなければ、戦いは終わらない。

私は、人を負かしたいのではない。

人を戦わせ続ける大義を終わらせたい。

「誰のせいでもない。」

それは責任放棄の言葉ではない。

人を戦場から日常へ帰すための言葉なのである。

いじめ撲滅ドットコム 普津澤峻


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コメント

    • 匿名
    • 2026年 7月 25日 8:37pm

    私も、普津澤さんの気持ちと同じですよ(⁠◍⁠•⁠ᴗ⁠•⁠◍⁠)

  1. この記事へのトラックバックはありません。

旭川『誰のせいでもない』講演会

金子圭一元校長独占インタビュー

中山岳教頭の説明(保護者説明会)

B男(赤井楓翔)独占インタビュー

のむらパターソン和孝 旭川市議

ネバギバランド 木村浩一郎×工藤年泰

市の隠蔽を暴いた時の報道(テレ朝)

匿名さんのレビュー

元中学教員です。
書かれている内容から、どのような状況だったか、手に取るようにイメージできます。

「学校は何もしなかった」と安易にマスコミや世間は叩くけれど、じゃあ何ができたというのか。
自分たちが中学生の時、スマホやネットがなかった時代でさえ、「大人」が「中学生」を安易に理解できたか。「中学生」が「大人」に今日どこで何をしてどんなことがあったかを逐一報告したか。
自分たちの中学時代に置き換えて状況をもう少しでいいから想像して欲しい。
そこにスマホが加わることで、子供たちの世界はどれだけ大人から見えない物になってしまったか。
もう少し「中学生の今」を考えてみてほしい。

さらには、入学してきてたった数ヶ月の出来事。
生徒への理解、生徒同士の人間関係が少しずつ見えてきた矢先の事件であり、「いじめ」に相当する出来事のほとんどは学校外で起きていた。
教室内・学校内で起こっていたのであれば、学校・教師の責任を追及する声が上がっても仕方ない。
家庭に帰してからの出来事、さらには他校の生徒が絡んだ案件を、保護者すら把握できないのに、担任が、教員がどこまで即座に把握し、指導できるというのか。糾弾している人々にそのすべを教えてもらいたい。

もちろん、他校とも連携を取り、事実確認をしたり、それぞれ話をしたりはする。
一同に集めて話をするのは難しいし、さらにスマホの中での付き合いも加わると、人間関係が複雑で対応は困難を極める。
そこは本当に「学校の」責任の範疇なのか。
起きた事実が「いじめ」や「犯罪」かはさておき、放課後や夜間、休日に起きている出来事すら「学校・教師の責任」なのだろうか。

こんなにも多くの児童生徒が居場所を求めて公園に頻繁に長時間集まっていた。
その時点で保護者や地域にもできることはあったし、動くべきであった。
が、その責任は誰にも追及されない。

学校現場は、外部の方々が思っている何倍も、「トラブルの連続」である。
毎日のように何かしらのトラブルが起き、悩みを抱えた子がごまんといる。
そして、多感な成長過程にある子供たちは、常にそれぞれに課題を抱えている。

現場にいたとき、いつも子供たちに言ってきた。
「人と人とのトラブルは、0対100というケースはほとんどないんだよ。
向こうが全部悪い、私は悪くないと思ってるかもしれないけれど、自分にも何か問題がなかったか考えてみよう」
私は個人的に「限りなく0対100に近いケース」がいじめであると考えている。

本当に本当に悲しい事件だと思う。
しかし、残念ながら、似たような案件は、全国のあちこちに転がっている。
今回の被害者がそうであるかは私には分からないが、心に闇を抱える女の子の多くが、自らの性を、寂しさを解決する手段に使うケースを山ほど見てきた。
自分への興味関心を引き、誰かに求められる・必要とされる実感を得られる、最も分かりやすい「ツール」だからだ。
性の入口に立った中学生達は安易にそれに飛びつくし、特に勉強や部活への興味ややる気をなくし、目的や目標を持てずにいる子供たちにとっては、格好の娯楽となる。

「いじめだ!!」「学校の怠慢だ!!」と声高に叫び、介在した生徒・教員達を叩きまくることで何が生まれ、何が変わるというのか。
この件は、スマホ依存社会、同時に核家族化・共働き化が推し進んだ中で、そのすき間で危ういバランスの人間関係を保っている中学生なら、全国どこででも起こりえる事件だ。
表面化していないだけできっともう同じような事件はたくさん起きていると思う。
失われた尊い命を「無駄にしない」というのは、ただ誰かを叩き、吊るし、結果論で物を言うのではなく、その背景をしっかり理解し、原因や対応策を考え、さあやさんのように、寂しさや孤独を抱えた子供たちを救うこと。ただその一点にあると思う。

2024年6月30日 1:26 PM

匿名さんのレビュー

私も、入水後に入院した病院で治療を継続できなかったのか、ここがターニングポイントだったのかも?と思います。
児童デイや放課後デイは、家庭⇔学校⇔病院⇔福祉を繋ぎます
彼女特有の寂しさや人間関係の困難さ等のサポートが受けられる架け橋になれたはず。
この病院は、この点を指摘してました。
また、引っ越しや転校も彼女の気持ちからするともう少し慎重になれていたら、とも思います。
学校に弁護士を同伴して謝罪を受けられていたら、また入院費や引っ越し等の補償が出来ていたら、遺族はここまで執拗に先生や先輩を追い詰めなかったのか?遺族の本当の目的は何なのでしょう?私なら、売春させられていたとかレイプを受けた、と言われる方が娘の名誉の為に許せない行為ですが。そんな事を配信し続けるインフルエンサーには弁護士からの指摘はないですよね?
A子の「死ぬ気もないのに〜」って言う言葉も、受け取り方でこんなに変わってしまうなんて。A子にとっては、思い留めさせる為だった発言が彼女にとっては言って欲しくなかった一言。大人でも難しいなと思う出来事がまだ10代の子にダメ出しをする、そして死の責任まで言及する、ネットで名前も顔も出される、こんな世の中間違っている。
彼女の死で関係者の将来を潰す事、これが延長線で行われみんなが正義と信じ一致団結したように行われている事に吐き気がします。

2024年6月30日 7:53 PM

匿名さんのレビュー

子供に起こるさまざまな出来事。
起こった良いことを一緒に喜び、辛かったことを聞いて慰める役目を一番に担うべきなのは、子どもの変化に目を向け、小さな変化にも気付き、その原因を突き止めて解消するのは親の役目。

子どもの困りごとに寄り添い、その解消に繋がる道を模索するのも親の役目。
学校も行政も、親からのSOSを受け手助けをする1ピースでしか無い。

学校や行政のせいにし叩き続けている限り、いじめによる自死は無くならないだろう。

2024年6月30日 10:26 PM

学校とはさんのレビュー

再調査委員会の会見見ました。転校先の学校は前中学校でおきたいじめのフラッシュバックの対応までしなければならないのでしょうか。警察も学校もかなり高いレベルでの対応を要求されていますが、ひとりの生徒に対し無理だと感じました。学校の授業以外で校外やSNSを含めた対応を求められ、足りなかった場合は袋叩きに合うのであれば、誰も教員になれないと感じました。

2024年6月30日 11:44 PM

匿名さんのレビュー

発達障害の診断自体、専門医が少なく、予約して半年待ちはザラ。半年という時間は成長期の子供にとって貴重。思春期の二次障害については、受診できる病院が少ない。他県のものですが、これは全国的な課題だと思います。
15歳で思春期外来から精神科が受診先になることをみこした治療をすすめる。医師だけでなくコメディカルによるチーム医療ができる病院がよい。とスクールソーシャルワーカーをしている知人から聞いたことがあります。
遺族の手記が2つあり、文春本裏の30ページと、2021年8月18日公表3ページを読みましたが、いじめが起こる前後と学校側の対応のずさんさを強調した内容。
被害者にとっては小学校高学年から出現した特性ゆえの行動からの進級の選択、疲労につながる塾通い等の考慮、ネット依存状況の把握と離脱、なにより強く訴えている「さびしい」を受けとめてネット以外の心の安定につながる依存先を作っておくことだったと思います。この判断ができなかったという事では、母親にもこの時点で支援が必要だったと思います。
(実際のところはわかりませんが)
入院先での治療を継続すべきだったとのコメントが、ここまでに三人寄せられています。ここが転機だったでしょう。同感です。
再調査委員会最終報告は、自死といじめの因果関係を認めることで、被害者とさして年のかわらぬ子供達に、大人も背負うべきである責任を子供達に背負わす内容。代理人が誇らしげに全国モデルにと言ってたようですが、とんでもないことだと思います。なぜ死を選ぶほどつらい思いをしたのか。黒塗りなどせず公表し真実とむきあうことが、被害者の追悼です。

2024年7月2日 3:05 PM

匿名さんのレビュー

いじめ問題に関して被害者の発達障害について言及すると、
「発達障害を抱えているからっていじめられて良いというのか!」と批判する人が多い。
けれどそういう人達って、
発達障害を抱えている人達の生きづらさを理解しようとすらしていないし、発達障害に対して差別的な認識をしている。
そんな人達が被害者の事を理解せずに、自分の都合や当事者を蔑ろにした認識を押し付けるばかりで、
被害者だけでなく教師なども苦しめている事に目を向けない。

ふつざわさんは発達障害について言及しているけれど、
亡くなられた子が抱えていた特性に対して真摯に向き合っているからであって、そこには理解しようとする姿勢がある。
逆に、
彼を誹謗中傷している人達が、
理解されない事で苦しみ続けていた子に関して、
不都合な事実から目を逸らし続けるのは、
亡くなられた子が抱えていた苦しみを全く理解していないからとしか思えない。

私の場合、
私自身にそういう傾向があるからこそ、
当事者であるからこそ、
死にたくなるほど辛い思いをしてきた人の気持ちがわかる。
だからこそ、
亡くなられた子の等身大の人物像を隠蔽し、
自分達の都合の為に創り上げた虚像を掲げて、
更なる被害を生み出している連中に対して強い憤りを感じている。

イジメの有無ではなく、
「孤独(理解されない苦しみも含む)」こそが死に至らしめるほど心を苦しめる病であり、
衝動性がそれをより深刻な事態に発展させる要素。

2024年7月6日 7:10 AM

あるくむさんの応援メッセージ

世間の論調、それを形成したマスメディアの報じ方と実情がこれほどかけ離れていたことに、驚愕と強い反省を覚えます。昨日もマスメディアは詳細を伏せ、ヤフコメでは加害者晒しなどと全くの誤解憶測が飛び交ってます。とは言え昨日までの私の認識も大差ないものでした。恥ずかしいです。

真実はなぜ伏せられ続けたのか。遺族と協議して黒塗りしたという報道がなされていますが、その協議とは如何なる根拠で、いかなるプロセスで行われたのか。被害者と遺族の抱えた問題をプライバシー配慮という名の下に伏せたことは本当に正しいのか。それによって曲げられた真実は独り歩きして別の誰かを傷つける。社会課題を解決するふりをして、私たちは別の誰かに皺を寄せただけではないか。あなたの行為は多くの根本的な疑問を浮き彫りにしました。

自分も家族に精神障害者を抱えた当事者家族の立場から述べますが、全ての少年少女が障害や多様性を理解し対応できる日は来ないと思います。もちろん、そのための努力は尊いものですが、社会設計は理想や建前だけでは成立しない。そういう楽観論だけでいじめは無くならない。だからこそ本件は徹底した検証がなされるべきだと思いました。あなたが公開した行為の是非はともかく、行動を起こしたからには全ての経緯を公正な手段でつまびらかにしていただきたいと願います。メディアには、手記や告発レポートの形で切り取りしない全文を世に出す責任を果たしていただきたい。

2024年6月25日 6:11 AM

匿名さんからの応援メッセージ

公開してくれたんで、黒塗り版を作った人たちが何を隠したかったのか浮き彫りになると思う
後でゆっくり見させてもらいます、ありがとうございました

2024年6月25日 6:03 PM

匿名さんからの応援メッセージ

あなたは正義の味方です
これからも応援します

2024年6月25日 7:58 AM

匿名さんからの応援メッセージ

公開された正義感と勇気に敬服しました。
文春の記事のいい加減さに、あきれました。公開されなかったら、決して表に出てこなかった事実と感じます。
いじめと自死との関係性について、考えさせられました。
いじめを解決することで、自死を防ぐことができたか、疑問に感じるとともに、
結局、自死を防ぐ有効な手段が見当たらない(現在も)と感じました。

2024年6月25日 7:59 PM

匿名さんからの応援メッセージ

あれだけ大きく報じられ、全国からの問い合わせによって第三者委員会の調査が決まったのに、出来上がった報告書は黒塗りだらけで、なんだこれ?って思ったことを覚えています。
今回全てが読めて、リスク承知で公開してくれたことに、個人的にはありがとうございますと言いたいです

被害者の子が抱える、寂しさや、思春期と発達障害による特性の混ざりあった、お母さんとの衝突やクラスメートとの関わり方の悩み、自分を制御できないもどかしさ等、黒く塗られて知り得なかったことが知れ、どれほど辛かっただろう…と公表版の報告書を読んだ時よりも、より胸が痛みました
同時に、これらのことが何故隠されなければならなかったのか理解に苦しみます

また、ネットニュース等で悪の化身のような書かれかたをしていた校長先生はじめ教師の皆様が、なにも対応していなかったわけでは無かったと知ることができ、学校もすてたもんじゃないなとも思えました

AとBいう選択肢があって、Aを選択したのは間違いでBを選択すれば良かった(Bもするべきだった)
というような文言をよく目にしますが、AもBも選択していれば結果が違ったものになっていたかは誰にも解りません
現場の教師の方々は日々そういった選択を余儀なくされているのですから、むやみやたらに責めるのは辞めて欲しいです

調査報告書が誰かを責めるためのものではなく、起こってしまったことを次に生かすためのものでありますように
また、なるべく黒塗りのない状態で公表され、一人でも多くの人がいじめについて考えるものになりますように

2024年6月25日 10:45 PM

匿名さんからの応援メッセージ

テレビのニュースで見たので探してきました。
よくやった!感動した!!

2024年6月25日 11:35 PM

匿名さんからの応援メッセージ

これは大変勇気のいることだったでしょう。
それでもいじめとそれに関わる人間に立ち向かう姿に感動しました。

2024年6月26日 2:52 AM

匿名さんからの応援メッセージ

私は文春の記事を鵜呑みにして、学校の先生方を悪者と決めつけていました。
その事が恥ずかしいですし申し訳ない気持ちです。

学校の先生方はきちんと被害者に寄り添っていたと読み取れますし、
事実と異なる事を記事にされている加害少年達も一方で被害者と言えると思います。

一体誰のための何のための黒塗りだったのか。。

勇気を出して真実を公開して下さってありがとうございました。

2024年6月26日 8:35 AM

匿名さんからの応援メッセージ

あなたのYouTube Liveなどをよく拝見していました。
あの時、表立って言えないことがこんなにもあったのですね。
あなたの忍耐力に頭が下がります。

2024年6月28日 4:56 PM

匿名さんからの応援メッセージ

随分初期の頃から加害生徒とされる子・ご遺族の両方と繋がっておられたのですね
あなたがXで発信していたことの裏に様々な理由があったことを知りました
言葉が強かったり、一体何がしたいんだ…と思ったこともありましたが、理解できた気がします

2024年6月29日 8:04 PM

匿名さんからの応援メッセージ

2021年当時からふつざわさんの言葉を目にしており、自分なりに理解できたと思っていましたが
まだまだ知らなかった事ばかりで驚いています

いつの日だったか、あちらを立てるとこちらが立たなくなり悩むとどこかで言われていたように記憶しています

今回黒塗りなしの報告書を手にされて、相当悩まれたのではないかと想像しています

3年間見てきた中でこれだけは言えます

ふつざわさんは一貫して不当に叩かれている弱者の味方でした

これからも応援しております

2024年6月29日 8:35 PM

匿名希望さんからの応援メッセージ

黒塗り無しの報告書と内部告発を見て、事件の印象は全く変わりました。
いじめはあったものの、障害による特性と相まって起きた、事故に近い自死であったと認識しました。

加害児童と呼ばれる子達にも優しい面があり、何処にでも居る子供達なのだなと。

他にも知ってる嘘があれば告発してほしいです。
世論が変わるきっかけになると思います。

2024年6月30日 2:20 PM

匿名さんからの応援メッセージ

このサイトで今までの報道とは違う情報を知れてとても良かったです。
何があったのか、自殺だったのか家出だったのか、爽彩さんにしか分からない事ですが、苦悩を知り改善していく事が爽彩さんへの旭川市民として出来る誠意だと思っていました。
だから、某YouTuberに情報を提供した事もありました。
でも、彼は爽彩さんが売春させられていたとか加害児童と言われる子が暴力団と繋がっているとか、噂話をネットに流すだけ。
私にとっては、そんな証拠もない事をネットに流す事は爽彩さんの名誉を傷つける事、また爽彩さんへの誠意ではないと感じていました。
ただ、ネットでこのような意見を書けば加害児童の保護者か?と言われてしまうので。
一言言わせてください!
加害児童が何か今出ている情報よりもっと悪い事をしていても、あなた方の将来を潰していいとは思っていないし、爽彩さんもそんな事望んでいないと思っています。
あなた方が爽彩さんの事で反省や後悔をしていたら、他者に優しくしてあげてください。爽彩さんはきっと、それを望んでいますよ。
あなた方の将来を心配したり、少しでも健やかな毎日が送れる事を望んでいる旭川市民がいる事、お伝えしたかったです。

2024年7月1日 1:07 PM

いいじまさんからの応援メッセージ

自閉症スペクトラム障害の男児(8歳)父親です。
ウチの子もたまに「死にたい」とか衝動で飛び出したりします。

支援級や放課後等デイサービスに通って、今のところは協力いただきながらすくすくと育ってくれています。
成長すれば、色々と人間関係で出てくるかも知れません。

旭川事件は通りいっぺんの記事しか知りません。

ですが、
他人事とは思えず、大変勉強になりました。

ありがとうございます。

2024年7月1日 4:36 PM

匿名さんからの応援メッセージ

ふつざわさんの主張は、
発達障害を抱えている子が抱えていた本当の問題を理解しているからこそだと思うよ。

死にたくなるほど苦しんでいる子達に真剣に向き合ったことがない人達には分からないみたいだけれど、
孤独や理解されない苦しみこそが子供を死に至らしめる問題の本質だよ。

そもそも虐められても支えてくれる存在がいれば人は死を選ばない。

本件は、
支えるどころか自分達の都合を子供にも学校にも押し付けるばかりで、
子の認知を歪めに歪めて更に精神状態を悪化させた上に、
子供の孤立を更に深刻化させた人達が何故か被害者面し、
問題の解決に向き合っていた人達が不当に誹謗中傷されていることが問題。

2024年7月6日 9:33 AM

匿名さんからの応援メッセージ

「顔や名前が出てしまっているけど、遺族側から出てる情報だけでこんな状況おかしくないか?」と思っていても見て見ぬふりのいじめを続けていた私がいます
でも、ふつざわさんの話を見て考えが改まりました
ふつざわさんの話を一方的に信じているわけではなくて、爽彩さんが失踪したとの情報が出て以降、疑問に感じていた事がふつざわさんの話だと納得できる、一番辻褄が合うと感じたからです
だからって、今更私が声をあげても遅いのかも、見て見ぬふりをした時間は戻ってこない
爽彩さんの為にも、今 名前や顔を出てる人達の為にも、やっぱり私も動きます、ふつざわさんだけでなく私も。

2024年7月11日 3:04 PM

匿名さんからの応援メッセージ

陰ながら私も何か出来る事をしていきたいと思います。
優しい子ばかりが傷つくのは、もう嫌です…。

2024年7月14日 8:29 AM

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