はじめに
私は大学にも大学院にも通ったことがありません。
社会学を専門に学んだこともなければ、論文を書いたこともありません。
それどころか素行の悪い生徒ばかりが集まった偏差値が著しく低い有名私立高校に入学し、3年で無期停学処分を受けて中退。親父にぶん殴られた挙句、23歳の時に入学した通信制高校の課題を弟にやらせ、報酬として月5,000円程度を支払っておりました(語り)。
要するに、研究者として育ってきた人たちの感覚など、これっぽっちも分かりません。
ただ、本を読むことは昔から好きでした。
宮台真司氏、小室直樹氏、東浩紀氏の著作、マックス・ウェーバーやミシェル・フーコーなどの古典に興味を持ち、素人なりに読み進めてきました。
もっとも、それらは社会思想や社会哲学に関心があったというだけで、今回取り上げる生活史研究やライフストーリー研究、対話的構築主義といった質的社会学の方法論については、これまでほとんど触れたことがありませんでした。
だから最初は、「ライフストーリー」「対話的構築主義」「エスノメソドロジー」といった言葉を見ても、何のことなのか全く分かりませんでした。
しかし、岸政彦氏をめぐる議論や、青木秀光氏によるアカデミック・ハラスメント告発を追いかけていく中で、一つ気になったことがありました。
SNSでは多くの人が岸氏を擁護し、あるいは批判しています。しかし、その前提となる「何をめぐって対立していたのか」については、ほとんど説明されていません。
「ライフストーリー研究がどうのこうの。」
「対話的構築主義がどうのこうの。」
専門家同士には当たり前の言葉なのかもしれません。しかし、私のような一般の読者には、その議論の意味が分からないのです。
分からないまま、誰かの言葉だけを信じることはしたくありませんでした。
だから私は、自分で調べることにしました。
岸政彦氏本人の論文やインタビューを読み、SNSへの投稿を確認し、その批判に対する学術論文にも目を通しました。さらに、青木秀光氏や今井聖氏が公開している発言もできる限り読みました。
その結果、少し意外なことに気付きました。
SNSで語られている内容と、岸氏自身が公開の場で語っている内容には、重なる部分もあれば、必ずしも一致しない部分もあったのです。
本稿は、岸政彦氏や青木秀光氏、今井聖氏の人格を評価したり、誰かを断罪したりすることを目的としたものではありません。
公開されている論文、インタビュー、SNS投稿、学術論文などをもとに、
ライフストーリー研究とは何なのか。
対話的構築主義とは何なのか。
岸政彦氏は何を批判していたのか。
その方法論をめぐる論争は、どのように青木氏の告発と関わっているのか。
そして、公開資料から何が言え、何がまだ分からないのか。
それらを、私自身が理解できるようになった順番で、一つひとつ専門用語から説明していきます。
この記事は、専門家に向けて書くものではありません。
私と同じように、「難しい言葉ばかりで何が起きているのか分からない」と感じている人に向けて書きます。
もし私の理解に誤りがあれば、その責任は私自身にあります。
それでも、少なくとも一つだけ自信を持って言えることがあります。
分からないことを分からないまま誰かを信じるよりも、自分で資料を読み、考え、整理することの方が、ずっと誠実だと私は思っています。
目次
第四章 今井聖氏は「方法論」と「アカデミック・ハラスメント」をどう整理しているのか
第一章 ライフストーリー研究とは何か
ここで一つ、お断りしておきます。
この記事では、「ライフストーリー」「生活史」「ライフヒストリー」といった言葉が何度も出てきます。
私は最初、この違いが全く分かりませんでした。
名前が違うだけで全部同じものなのか、それとも全く違う研究なのか。
専門家なら当たり前なのかもしれませんが、一般の人には非常に分かりづらい言葉です。
そこで、まずは私なりに理解した内容を、専門用語をできるだけ使わずに説明します。
1 ライフストーリーとは
ライフストーリー(Life Story)とは、直訳すれば「人生の物語」です。
もっと簡単に言えば、本人が、自分の人生について語った話。
例えば、
「子どもの頃はいじめられていました。」
「父は厳しい人でした。」
「就職して人生が変わりました。」
こうした本人の語りそのものがライフストーリーです。
ここで重要なのは、
「本人がどう語っているか」
という点です。
本当にその出来事があったかどうかではなく、本人がどう記憶し、どう意味づけ、どう語ったのか。
そこに研究の価値を見いだそうとする立場があります。
2 生活史とは
では、「生活史」とは何でしょうか。
これも簡単に言えば、一人の人生を通して、その人と社会の関係を描く研究です。
例えば、ある炭鉱労働者の人生を調べるとします。
その人がどんな家庭で育ち、どんな仕事をし、どんな経験をし、なぜそのような人生になったのか。
それを調べることで、「その人一人」だけではなく、当時の日本社会や地域社会まで見えてきます。
つまり、一人の人生から社会を理解しようとする研究です。
ここで私は混乱しました。
ライフストーリーも生活史も、どちらも「一人の人生から社会を理解する研究」と説明されます。
では、何が違うのでしょうか。
名前が違うだけなのか。
それとも、研究方法そのものが違うのか。
この点について岸政彦氏自身が興味深いことを話しています。
岸氏はインタビューの中で、生活史、ライフヒストリー、ライフストーリー、オーラルヒストリーなどを、厳密に区別するというより、広く「生活史」と呼んで話を進めています。
つまり岸氏自身は、「名前の違い」よりも、何を研究するのかの方を重視しているように私には読めました。
ですからこの記事でも、細かな分類に深入りするより、それぞれの違いに触れつつ、岸氏が何を問題視していたのかを理解することを優先したいと思います。
3 対話的構築主義とは
ここから少し難しくなります。
今回の記事で一番難しい言葉かもしれません。
私も最初は何度読んでも意味が分かりませんでした。
できるだけ簡単に説明すると、「インタビューで語られた話は、その場で研究者と話しながら作られたものだ」という考え方です。
例えば、友人と話す時と、警察で事情聴取を受ける時では、同じ出来事でも話し方は変わります。
テレビのインタビューでも、相手によって話す内容は少し変わるでしょう。
つまり、語りは、最初から頭の中に完成したものではなく、相手とのやり取りの中で形作られる。
これが「対話的構築主義」の基本的な考え方です。
そのため、「本当に起きたこと」だけではなく、「なぜそのように語ったのか」も研究対象になります。
では、岸政彦氏は何を批判していたのか
ここからが、この記事の本題です。
岸政彦氏をめぐる議論では、「岸氏はライフストーリー研究を批判していた」という見方を目にすることがあります。
私も最初は、その意味がよく分かりませんでした。
そこで岸氏自身の論文やインタビュー、SNSへの投稿を時系列で読んでいくと、少なくとも公開資料から確認できることが一つありました。
岸氏が繰り返し批判していたのは、単に「人生を語る研究」そのものではありません。
より具体的に言えば、桜井厚氏が提唱した「対話的構築主義」という方法論でした。
では、岸氏はその方法論の何を問題だと考えていたのでしょうか。
次章では、岸氏自身の論文やインタビュー、SNSへの投稿を時系列でたどりながら、その主張をできるだけ本人の言葉に沿って整理していきます。
第二章 岸政彦氏は何を批判していたのか
前章では、「ライフストーリー研究」や「対話的構築主義」という言葉を簡単に説明しました。
では実際に、岸政彦氏は何を批判していたのでしょうか。
私は最初、岸氏自身の論文を探しました。
しかし、少なくとも私が調べた範囲では、代表的な論文である『鉤括弧を外すこと──ポスト構築主義社会学の方法論のために』の本文は公開されておらず、読むことはできませんでした。
そのため本章では、私が実際に確認できた公開資料──岸氏自身のSNSへの投稿やロングインタビュー──を時系列で整理していきます。
2015年 「ポスト構築主義」という言葉
私が確認できた最も古い資料は、2015年の岸氏のSNS投稿です。
そこでは、自身の論文『鉤括弧を外すこと──ポスト構築主義社会学の方法論のために』を紹介していました。
残念ながら私は論文本文を読むことはできませんでした。
しかし、この時点で岸氏自身が「ポスト構築主義」という立場を打ち出していたことは確認できます。
その内容がより具体的に語られていたのが、翌年のロングインタビューでした。
2016年 ロングインタビューで語られた方法論
私が最も参考になったのは、このロングインタビューでした。
太田出版【インタビュー】社会学の目的/岸政彦 – atプラスweb
ここでは岸氏自身が、自分の考えをかなり率直に語っています。
まず興味深かったのは、生活史、ライフヒストリー、ライフストーリー、オーラルヒストリーなどを、広く「生活史」と呼んで話を進めていることです。
つまり少なくともこのインタビューでは、「ライフストーリーだから駄目だ」という話ではありませんでした。
岸氏が問題にしていたのは、桜井厚氏が提唱した「対話的構築主義」という方法論です。
岸氏は、語りだけを分析していても社会を書くことはできない、という趣旨の考えを繰り返し述べています。
インタビューでは、
「部落のことは何も分からない。」
「沖縄が書けない。」
「社会のことを書かない社会学になってしまう。」
といった非常に強い表現も用いていました。
つまり、
語りを重視しすぎると、社会そのものが見えなくなるのではないか。
それが岸氏の問題意識だったように私には読めました。
一方で、岸氏は桜井厚氏との関係を否定しているわけではありません。
むしろ、「私は桜井先生の一番弟子だと思っている。」という趣旨の発言もしています。
つまり、
人間性を否定しているのではなく、その方法論に対して異論を唱えている
という構図だったことが分かります。
2019年 「語り」そのものは否定していない
2019年になると、岸氏はSNSで、生活史や小説について、どちらも「本当に起きている」という趣旨の投稿をしています。
私はこの投稿を読んで、岸氏は「人生を語ること」そのものを否定しているわけではないと感じました。
むしろ、人が人生を語ることには強い関心を持ち続けていることがうかがえます。
2020年 「生活史の語りだけからは何にもわからん」
2020年には、岸氏はSNSで、「生活史って面白いけど生活史の語りだけからは何にもわからん」と投稿しています。
この一文だけを見ると非常に強い批判に見えます。
しかし、2016年のインタビューと合わせて読むと、岸氏が問題にしているのは「生活史」そのものではなく、「語りだけ」に依拠する方法論であるように私には読めました。
2021年 生活史研究への関心は続いている
2021年の投稿では、岸氏自身が「生活史でもライフストーリーでも」という表現を用いています。
少なくとも私が確認した公開資料を見る限り、岸氏自身は生活史やライフストーリーという研究領域から離れたわけではありません。
関心があったのは、それらを用いて、どのように社会を書くかという点だったように思われます。
私が公開資料から理解したこと
ここまで見てきた内容は、すべて私が実際に確認できた公開資料に基づいています。
もちろん、発言の解釈には様々な見方があるでしょう。
しかし少なくとも私が読んだ範囲では、岸氏が長年批判していた対象は、「ライフストーリー研究」という研究分野全体というより、桜井厚氏が提唱した「対話的構築主義」という方法論でした。
もっとも、ここで注意しなければならないことがあります。
「岸氏は本当に桜井氏を正しく理解して批判していたのか。」
この点については、研究者の間でも評価が分かれています。
次章では、岸氏の批判に対して、他の研究者たちがどのような評価や反論を行っているのかを見ていきます。
第三章 研究者たちは岸政彦氏の批判をどう評価しているのか
ここまでは、岸政彦氏自身の論文紹介やインタビュー、SNSへの投稿など、公開されている一次資料を見てきました。
しかし、私は社会学の専門家ではありません。
そこで次に気になったのは、「社会学の研究者たちは、岸氏の批判をどう評価しているのだろう。」ということでした。
調べていく中で、私が読むことのできた論文の中に、岸氏の批判を正面から扱ったものが二本ありました。
どちらも非常に参考になりましたが、結論は少し異なっていました。
1 渡辺暁雄氏の評価
最初に読んだのは、渡辺暁雄氏の「ライフストーリー・インタビューにおける対話的構築主義とその批判に関して」という論文です。
この論文を読んで私がまず感じたのは、岸氏の批判を単純に否定しているわけではない、ということでした。
論文では、岸氏による対話的構築主義への批判が丁寧に紹介され、その批判はライフストーリー研究そのものではなく、桜井厚氏が提唱した「対話的構築主義」という方法論に向けられたものであることが説明されています。
一方で渡辺氏は、桜井氏が対話的構築主義を提唱した背景や問題意識にも理解を示しており、岸氏の批判には一定の説得力があると評価しながらも、対話的構築主義には調査対象者を尊重するための方法論として意義があると論じています。
私が第二章で公開資料を読み進める中で受けた、「岸氏が批判しているのはライフストーリー研究全体ではなく、主として対話的構築主義という方法論なのではないか」という印象とも、大きく矛盾するものではありませんでした。
2 堀内翔平氏の評価
次に読んだのが、堀内翔平氏「ライフストーリー研究から見える社会像」です。
こちらは、渡辺氏とは少し異なる視点から岸氏の議論を検討しています。
堀内氏は、岸氏の批判には重要な問題提起が含まれているとしつつも、桜井厚氏の対話的構築主義を十分に踏まえた批判になっているのかについては疑問を呈しています。
また、岸氏の批判と桜井氏自身の議論を照らし合わせながら検討した結果、堀内氏は、岸氏が対話的構築主義を「語りだけを見て社会を見ない立場」として捉えて批判している一方で、桜井氏自身は語りを社会的・歴史的文脈から切り離して分析すべきだとは述べておらず、両者の間には認識論的な「すれ違い」がある可能性を指摘しています。
さらに堀内氏は、ライフストーリー研究における「物語」「対話」「構築」という概念の意義を整理し、対話的構築主義も個人の語りを社会的・歴史的文脈に位置づけながら社会を描こうとする方法論であると論じています。
つまり、岸氏自身の問題意識は理解できるものの、その批判は桜井氏の理論を十分に踏まえたものとは言えない可能性がある、というのが堀内氏の評価でした。
3 私が感じたこと
この二本の論文を読んで、私は一つ安心したことがありました。
それは、研究者の間でも評価が分かれているということです。
SNSでは、「岸氏が正しい。」あるいは、「岸氏が間違っている。」というような断定的な意見を見かけます。
しかし、実際の学術論文を読むと、そのような単純な話ではありませんでした。
岸氏の問題提起には意味があると評価する研究者もいます。
一方で、その批判の向け方や、対話的構築主義の理解については疑問を呈する研究者もいます。
つまり、
この論争自体が、学術的な議論の対象になっているのです。
4 この章で分かったこと
第二章では、岸政彦氏自身の公開資料から、岸氏は「対話的構築主義」という方法論を批判していたことを確認しました。
そして第三章では、その批判に対する研究者の評価を見てきました。
その結果、少なくとも私が読んだ範囲では、岸氏の批判対象は「ライフストーリー研究全体」ではなく「対話的構築主義」と整理する研究者がいること。
一方で、岸氏の批判が対話的構築主義を十分に踏まえたものだったのかについては、疑問を呈する研究者もいること。
この二つが確認できました。
このことから私は、岸氏の方法論をめぐる議論は、「どちらが正しいか」という単純な対立ではなく、研究者同士の学術的な論争として理解するのが適切ではないかと感じました。
しかし、この論争は学術的な議論だけでは終わりませんでした。
その後、この方法論をめぐる対立は、青木秀光氏によるアカデミック・ハラスメント告発とも結び付けて語られるようになります。
次章では、その前提として、今井聖氏がこの問題をどのように整理しているのかを見ていきます。
第四章 今井聖氏は「方法論」と「アカデミック・ハラスメント」をどう整理しているのか
ここまで見てきた内容は、主に方法論をめぐる議論でした。
岸政彦氏は何を批判していたのか。
その批判を研究者たちはどう評価しているのか。
ここまでは、あくまでも学術的な論争です。
しかし、この問題はその後、青木秀光氏によるアカデミック・ハラスメント(以下、アカハラ)告発と結び付けて語られるようになります。
そこで私が次に読んだのが、今井聖氏がSNSで公開していた一連の投稿でした。
1 当初の私の理解
最初に今井氏の投稿を読んだとき、私は
「方法論の対立が、そのままアカハラにつながった」
という趣旨の話なのだと思っていました。
実際、そのようにも読める投稿がありました。
しかし、その後さらに投稿を追っていくと、今井氏自身が自らの考えを整理し直していることが分かりました。
この点は、とても重要だと思います。
今井氏は三つの問題を区別している
今井氏は、最終的には次の三つを区別して考えるべきだと述べています。
第一に、青木秀光氏が告発しているアカハラの問題。
第二に、方法論をめぐる学術的な議論。
岸政彦氏による対話的構築主義への批判が適切だったのか。
あるいは、その批判は相手の理論を十分理解した上で行われていたのか。
これは研究者同士が議論すべき問題です。
第三に、「生活史をテーマにした書籍シリーズ」などをめぐる研究倫理や出版の問題。
これも今井氏は別の問題として取り上げています。
つまり今井氏は、
これら三つは互いに関係している可能性はあるものの、同じ問題ではないという形で整理していました。
2 「関係はある」と「同じ問題」は違う
この整理を読んで、私は非常に納得しました。
例えば、ある会社で経営方針をめぐる対立があったとして、その後にパワーハラスメントが起きたとします。
だからといって、「経営方針の議論」そのものがハラスメントだった、とは言えません。
一方で、その対立が人間関係に影響を与えた可能性はあります。
今井氏が言いたかったことも、それに近いのではないかと私は理解しました。
つまり、
方法論の論争とアカハラは、切り離して考えることもできないが、混同してはいけない。
ということです。
3 今井氏自身も表現を整理している
私が今井氏の投稿を読み進めていて印象的だったのは、今井氏自身が、「誤解を招く表現だった」という趣旨の説明を行い、考えを整理し直していることでした。
これは、私にとって非常に誠実な姿勢に映りました。
SNSでは短い文章だけが拡散されることがあります。
しかし、その後の説明まで読むことで、発信者が本当に伝えたかったことが見えてくる場合があります。
今回も、その典型例だったように思います。
4 この章で分かったこと
ここまで見てきたように、今井聖氏は最終的に、「方法論」と「アカハラ」は区別して議論すべきだという整理を示しています。
私も公開資料を読み進める中で、この整理は重要だと感じました。
というのも、公開資料だけでは、方法論をめぐる学術的な批判が、個別の研究指導や博士論文への評価とどのように関係していたのかまでは確認できないからです。
だからこそ本稿では、まず方法論をめぐる論争を整理し、その上で青木秀光氏が公開の場で何を告発しているのかを、別の問題として見ていくことにしました。
なお、次章で紹介する内容は、青木氏による公開の主張や証言の整理であり、その真偽や法的評価を本稿で判断するものではありません。
公開資料から確認できることと、現時点では確認できないことを区別しながら見ていきたいと思います。
第五章 青木秀光氏は何を告発しているのか
ここまで本稿では、岸政彦氏自身の発言や、その方法論に対する研究者たちの評価を整理してきました。
ここからは、青木秀光氏が公開の場で何を語っているのかを見ていきます。
なお、本章で紹介する内容は、青木氏が公開している文章やSNSでの発言を整理したものです。
本稿は、その真偽や法的評価を判断することを目的とするものではありません。公開資料から確認できる内容を、できるだけ正確に整理することを目的としています。
1 青木氏が問題にしていること
青木氏の発信を読んでいて私が感じたのは、これは単なる指導教員との人間関係の問題として語られているわけではない、ということです。
青木氏が一貫して問題提起しているのは、研究方法をめぐる立場の違いが、研究指導や博士課程での研究活動に影響したのではないかという点です。
前章まで見てきた方法論論争と、自身が大学院で経験した出来事は切り離せないものだったと、青木氏は説明しています。
2 博士論文を提出するに至らなかった経緯
青木氏は、自身が博士論文を提出するに至らなかった経緯についても、公開の場で繰り返し発信しています。
青木氏によれば、その背景には研究指導のあり方や、研究方法をめぐる考え方の対立があったとされています。
また、大学院での指導や研究環境についても問題提起を行っており、それら一連の経験を、後にアカデミック・ハラスメントであったと位置付けています。
もっとも、本稿では、それらの主張が事実であるかどうかを判断することはしません。
ここで確認できるのは、青木氏自身が公開資料において、そのような経緯を語っているということです。
3 方法論と研究指導
青木氏によれば、自身の研究は、岸政彦氏が長年批判してきた方法論と近い立場にありました。
そのため青木氏は、方法論をめぐる対立が、研究指導や博士論文を提出するに至る過程にも影響したと考えています。
この点は、本稿第二章・第三章で整理してきた方法論論争とも重なる部分があります。
ただし、公開資料だけから、その方法論上の対立が研究指導へどのような影響を与えたのか、あるいは博士論文を提出できなかったこととの間にどのような因果関係があったのかまでを結論づけることはできません。
4 アカデミック・ハラスメントの告発
青木氏は、自身が受けた研究指導について、アカデミック・ハラスメントであったと公開の場で主張しています。
公開されている文章やSNSでは、
研究指導のあり方
大学院での出来事
研究者としての扱い
指導教員との関係
などについて、自身の経験を具体的に語っています。
また、それらは個別の出来事としてではなく、一連の経験として説明されています。
本稿では、その内容が事実であるかどうかを判断することはしませんが、青木氏が一貫してそのような問題提起を続けていることは公開資料から確認できます。
5 SNSでの継続的な発信
青木氏は、論文や文章だけでなく、SNSでも継続的に自身の考えを発信しています。
そこでは、研究方法、大学院での経験、研究者コミュニティのあり方、岸政彦氏との関係などについて、繰り返し問題提起が行われています。
私も可能な限りそれらの投稿を読みましたが、そこから伝わってきたのは、この問題が青木氏にとって単なる学術的な意見の違いではなく、研究者としての歩みそのものに関わる出来事として受け止められているということでした。
もちろん、これは青木氏自身の発信から私が受けた印象であり、その評価を本稿で断定するものではありません。
6 方法論とアカハラは区別して考える必要がある
第四章で見たように、今井聖氏は、方法論をめぐる議論と、アカデミック・ハラスメントは区別して議論すべきだと整理しています。
私も、この整理は重要だと思います。
青木氏は、自身の経験の中で両者が密接に結び付いていたと語っています。
一方で、公開資料だけから、その因果関係まで断定することはできません。
だからこそ本稿では、方法論については方法論として、アカデミック・ハラスメントについてはアカデミック・ハラスメントとして、それぞれ区別しながら整理してきました。
7 この章で分かったこと
公開資料から確認できるのは、
青木秀光氏が、博士論文を提出するに至らなかった経緯について問題提起していること。
研究方法をめぐる対立が研究指導にも影響したと考えていること。
その一連の経験を、アカデミック・ハラスメントであったと主張していること。
です。
一方で、公開資料だけでは、
博士論文を提出するに至らなかった直接の要因
方法論が研究指導に与えた具体的な影響
青木氏の主張の事実関係や法的評価
までは判断することはできません。
だからこそ、本稿では終始一貫して、「公開資料から確認できること」と「現時点では確認できないこと」を区別するという姿勢をとってきました。
次章では、本稿全体を振り返り、公開資料から何が言え、何が言えないのかを改めて整理し、本稿の結論としたいと思います。
第六章 公開資料から何が言え、何が言えないのか
ここまで本稿では、公開されている資料をもとに、ライフストーリー研究とは何か、岸政彦氏は何を批判していたのか、その批判を研究者たちはどう評価しているのか、今井聖氏は方法論とアカデミック・ハラスメントをどのように整理しているのか、そして青木秀光氏は何を告発しているのか、という順序で見てきました。
私自身は社会学の専門家ではありません。
大学にも大学院にも通ったことはなく、この分野について体系的な教育を受けたこともありません。
だからこそ、SNSで流れてくる断片的な情報だけでは判断せず、できるだけ公開されている一次資料や研究論文を読み、自分なりに整理してみようと思いました。
その結果、私がたどり着いたのは、「単純な善悪では整理できない問題である」という、ごく当たり前の結論でした。
1 公開資料から確認できること
本稿で確認できたことを整理すると、少なくとも次の点は公開資料から読み取ることができます。
まず、岸政彦氏は長年にわたり、桜井厚氏の対話的構築主義に対して批判的な立場を取ってきました。
また、その批判は研究者の間でも議論の対象となっており、支持する見解もあれば、十分に理論を理解した批判ではなかったのではないかという見解もあります。
さらに、青木秀光氏は、自身が博士論文を提出するに至らなかった経緯や研究指導について問題提起を行い、それらをアカデミック・ハラスメントであったと公開の場で主張しています。
こうした資料を読み進める中で、私は方法論をめぐる学術的な論争と、アカデミック・ハラスメントの問題は、関係し得るとしても区別して整理する必要があると考えるようになりました。
また、第四章で紹介した今井聖氏も、公開の発信の中で両者を区別して整理する考えを示しています。
以上が、本稿で公開資料から確認できた内容です。
2 公開資料だけでは言えないこと
一方で、本稿を通して最も強く感じたのは、公開資料だけでは判断できないことも数多く存在するということでした。
例えば、岸政彦氏の方法論批判が、個別の研究指導へどのような影響を与えたのか。
青木氏が博士論文を提出するに至らなかった直接の要因は何だったのか。
アカデミック・ハラスメントに関する個々の出来事が事実としてどのような経過をたどったのか。
こうした点については、公開資料だけで断定することはできません。
そのため、本稿では、それらについて結論を示すことは避けました。
分からないことを「分からない」と書くこともまた、資料を読む上では大切な姿勢だと私は考えています。
3 SNSは「入口」であって「結論」ではない
今回このテーマを調べていて改めて感じたのは、SNSは問題を知るきっかけにはなっても、それだけで結論を出せる場所ではないということです。
短い投稿では、どうしても文脈が省略されます。
発言の一部だけが切り取られ、発信者自身が後から補足した内容まで読まれないことも少なくありません。
私自身も、最初はSNSで流れてきた情報から興味を持ちました。
しかし、公開されている論文やインタビュー、SNS上での継続的な発言を読み進めるうちに、当初抱いていた印象とは異なる部分も見えてきました。
だからこそ、本稿ではできる限り一次資料に立ち返ることを意識しました。
4 私がこの記事を書いた理由
私は社会学者ではありません。
それでもこの記事を書いたのは、専門家ではない一人の読者として、「公開資料を読めば、ここまでは理解できる」という記録を残したいと思ったからです。
もちろん、私の理解が完全であるとは思っていません。
今後、新たな資料が公開されたり、研究者による検証が進んだりすれば、見方が変わる部分もあるでしょう。
そのときには、本稿の内容も見直されるべきだと思います。
学術の世界では、自分の考えを修正することは敗北ではなく、より正確な理解へ近づくための営みだからです。
おわりに
この記事を書き終えて、私が最も強く感じたのは、この問題は「誰が正しいのか」を急いで決めるよりも、「何が確認できて、何がまだ分からないのか」を丁寧に整理することが重要だということでした。
本稿で確認できたのは、岸政彦氏が長年にわたり対話的構築主義を批判してきたこと、そして青木秀光氏が、自身が博士論文を提出するに至らなかった経緯や研究指導について問題提起を行い、それらをアカデミック・ハラスメントであったと主張していることです。
しかし、その二つを結び付ける最も重要な部分については、公開資料だけでは確認することができません。
例えば、岸氏が青木氏の研究について何らかの批判や指導を行っていたとして、それは採用していた方法論に対する批判だったのか、あるいは論文の構成や論証、資料の扱い、考察の内容など、論文そのものの出来に対する批判だったのか、それともその両方だったのか。
少なくとも、私が確認できた公開資料だけでは、その点を判断することはできませんでした。
もしその区別がつかないまま、「方法論への批判」と「個別の研究指導」を同じものとして扱えば、公開資料から確認できる事実と、推測によって補われている部分との境界が曖昧になってしまいます。
だからこそ、本稿では方法論をめぐる学術的な論争と、青木氏が提起しているアカデミック・ハラスメントの問題を、意図的に分けて整理しました。
これは、両者が無関係だと結論づけるためではありません。
逆に、両者が直結していたと断定するためでもありません。
現時点で公開資料から言えることはどこまでなのか、そして何がまだ分からないのか。
その境界をできるだけ明確にすることが、本稿で私が最も大切にした姿勢です。
私は大学にも大学院にも通ったことがなく、社会学を専門的に学んだわけでもありません。
それでも、SNS上の断片的な情報だけで判断するのではなく、自分で公開資料を読み、理解できる範囲で整理してみようと思いました。
もちろん、本稿にも理解不足や見落としがあるかもしれません。
そのような点があれば、ぜひ公開資料に基づいてご指摘いただければ幸いです。
私自身も、新たな資料や知見が得られれば、その都度理解を更新していきたいと思っています。
本稿が、同じ疑問を持った方が公開資料を読み解く際の、一つの手がかりになれば幸いです。
いじめ撲滅ドットコム 普津澤峻




















































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