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事後報告と「好きと言わない」関係性——ゆかさんを追いつめる「感情のコストカット」という構造


目次

第一章 「政党立ち上げ」報道の裏で起きていたこと

第二章 「事後報告」という合理主義のナイフ——意思決定からの排除

第三章 「好きと言わない」スタンスと「情緒的ネグレクト」の構造

第四章 なぜネット社会はゆかさんを「叩く」のか

第五章 「論理」で「感情」は割り切れない


 

第一章 「政党立ち上げ」報道の裏で起きていたこと


1 唐突な事後報告とSNSでの混迷

実業家の「ひろゆき」こと西村博之氏が、前明石市長の泉房穂氏らと共に新党(政治団体)を立ち上げるというニュースが世間を賑わせた。

メディアがこぞってその政治的意図や影響力を報じる中、もう一つの大きな波紋がSNS上で広がっていた。

ひろゆき氏の妻である西村ゆか氏の発言だ。

彼女はX(旧Twitter)上で、今回の政治団体設立について「事前に何も聞いていない」「ネットのニュースで初めて知った」という旨の困惑と強い怒りを表明した。

7月23日に泉房穂さんと昼食を取ろうとひろゆき君から言われ、その場で突然「政治団体を作ることにした」という話をされました。驚く私に「何も聞いていなかったんですか?」と泉さんに聞かれ、「全く知りません」と答えると、「家族の同意が一番大切だと思うので話しあってください」と言われ、その後、何の合意もない状態で、この記事が出ています。
「話しあってください」ってどういう意味だったんでしょう?騙し討ちにあった気分です。そりゃ少子化も止まらないわ。

「少子化」とか「社会のために」とか大義名分かかげるくせに、一番身近な家族を騙し討ちにするような汚いやり方するのが大嫌いなんだよ。何も筋が通ってない。家族って社会の一番小さな構成単位じゃないの?茶番もいい加減にしろ

(西村ゆか氏のポスト/2026年7月30日)

生活の基盤を共にするパートナーであるにも関わらず、政治活動というリスクや世間の目に直結する重大事項を、まるで「騙し討ち」のように事後報告で知らされたのだから、その怒りや動揺は至極当然のものと言える。


2 被害者であるはずの配偶者に向けられるバッシング

しかし、SNS上の反応は彼女への同情ばかりではなかった。

あろうことか、「関係ないくせに口挟んでくるうざい嫁」「夫婦で直接話せばいい」「有能な男の足を引っ張る奥さんの典型」「いつものパフォーマンスだろ」といった、ゆか氏を叩く冷ややかな批判や誹謗中傷が相次いだのである。

ほら、こうやって自分関係ないくせに口挟んでくるうざい嫁でしょ笑。

ひろゆきの妻・西村ゆか氏が「汚いやり方が大嫌い」夫の新党設立に激怒 ホリエモンに“毅然と反論”の過去も https://pinzuba.news/articles/-/17153 #ピンズバNEWS

(堀江貴文氏のポスト/2026年7月31日)

ひろゆき「新しい政党立ち上げました!外国人問題のために少子化を改善します!」

世間「うぇええい!ひろゆき政界進出〜!」
世間2「ひろゆきは好きだけど泉は嫌いなんですけど」

ひろゆき奥さん「は?政界進出?聞いてねぇんだけど」


有能な男の足を引っ張る奥さんの典型
黙っとれよ

(藍染ガレソの悲報氏のポスト/2026年7月31日)

夫の独断専行によって突然トラブルの渦中に放り込まれた被害者側であるはずの妻が、なぜか「身内の恥を晒した悪者」としてネット空間で糾弾される。

そこには、SNS社会特有の歪んだ正義感と、他者の苦悩をエンタメとして消費する冷酷な構造が透けて見える。


3 本稿の視点

この騒動を、単なる「有名人夫婦の夫婦喧嘩」や「ひろゆき氏の破天荒エピソード」として片付けるのはあまりに軽率だ。

ゆか氏が声を上げた背景には、極端な合理主義によって引き起こされる「感情のコストカット」と、それにより生じる「情緒的ネグレクト(心理的放置)」的な構造が存在するのではないか?

本稿では、ゆか氏が置かれた理不尽な状況を紐解きながら、パートナーの感情が軽視されがちな関係性が、当事者にどのような心理的負担をもたらすのかを考察していく。


 

第二章 「事後報告」という合理主義のナイフ——意思決定からの排除


1 「説明コスト」を削るという合理主義の落とし穴

ひろゆき氏に代表される合理主義的思考において、意思決定のプロセスは、「効率」や「結論の正当性」によって評価されやすい。

「どうせ自分の結論は変わらない」「事前に相談しても議論が長引くだけである」という判断のもとでは、事前相談は単なる「無駄な説明コスト」として処理されてしまう。

しかし、この「説明コストの削減」というナイフは、パートナーシップにおける重要な基盤を静かに切り刻んでいく。

夫婦や家族という関係性は、単なるプロジェクトチームでもなければ、一人のトップが指揮を執る企業でもない。

人生の選択肢や生活のリスクを共有する「共同経営」の場である。

生活の安全や世間の目、今後の家族のあり方に直結する決定を事後報告で済ませる行為は、相手の手間を省く優しさなどではなく、「相手を人生のパートナー(意思決定者)として扱っていない」というメッセージとして解釈し得る。


2 「相談なしの決定」が奪うもの——信頼と安全の崩壊

事後報告が当事者に与える最大のダメージは、「決定された事象」の重み以上に、「自分は対等なパートナーとして尊重されていない」と痛感させられることである。

事前の相談や話し合いのプロセスは、単に許可を得る作業ではなく、「あなたの意見や感情を尊重しています」という相互リスペクトの表明に他ならない。

それを省略し、第三者がいる目の前で突然切り出して断りにくくするような「外圧を利用した既成事実化」は、相手から「自分の生活に関わる重大な決定に、当事者として参加する権利」を奪うことを意味する。

パートナー側から見れば、日常の足元が、ある日突然揺らぐ感覚に襲われる。

「これからも自分の知らないところで重大な決定がなされていくのではないか」という不安は、持続的な緊張状態を生み出し、関係性の根底にある安全基地を奪っていく。

効率主義の名のもとに削ぎ落とされた「手間」や「議論のコスト」は、消えてなくなったわけではない。

それはすべて、事後報告を受けた側が負う精神的な負担や不安という形で、一方的に転嫁されているのだ。


 

第三章 「好きと言わない」スタンスと「情緒的ネグレクト」の構造


1 感情の言語化を拒む「照れ」の罪深さ

ひろゆき氏はメディアや自身の配信において、結婚した理由について問われた際、『好きだから』とは絶対に言わないスタンスを公然と示してきた。

世間やメディアはこれを「照れ隠し」や「独特の照れくささ」として、どこかコミカルに消費しがちである。

しかし、受け手であるパートナーの視点に立ったとき、この「感情の言語化の拒絶」は決して笑い事では済まされない。

言葉によるポジティブな感情のフィードバック(好意や感謝、リスペクトの明示)を日常的に拒否され続けることは、

相手に「自分はこの人にとって本当に特別な存在なのだろうか」「ただの便利な同居人なのではないか」という疑念を抱かせる。

一見すると「照れ」に見える態度も、受け手にとっては、丁寧な人間関係の構築を放棄されたかのような、地味で根深い虚無感を蓄積させる原因となる。


2 アタッチメント(心理的絆)の拒絶と情緒的ネグレクト

心理学や家族療法において、夫婦や親子などの親密な関係性を維持するために不可欠とされるのが「アタッチメント(心理的絆・愛着)」の応答性である。

相手が不安や助けを求めたとき、あるいは感情的な歩み寄りを見せたときに、それを受け止め、安心を感じさせる返答をする姿勢が求められる。

「好きと言わない」「重大な決定を事前相談しない」という振る舞いは、相手からのアタッチメントの要求に対する「シグナルの無視・拒絶」として経験され得る。

生活の機能分担や金銭的な不自由のなさが担保されていたとしても、「自分の感情や存在そのものが重んじられている」という確信が得られない状態が長期間続けば、人は深い孤立感を深めていく。

そうした状態が慢性的に続けば、物理的な虐待や放任とは異なる「情緒的ネグレクト(心理的放置)」と共通する構造を帯びる可能性があるだろう。

ロジックや効率を追求するあまり、相手の感情にコミットする「手間」すらもコストカットしてしまう姿勢は、

パートナーの心を静かに追い詰め、関係性の根底にある温かな接続を断ち切っていくのである。


 

第四章 なぜネット社会はゆかさんを「叩く」のか


1 「強い妻」「鬼嫁」という都合の良い記号化

ネットメディアやSNS空間において、ゆか氏は「あのひろゆきをあしらえる強い妻」「ロジカルな夫にズバズバ反論できる鬼嫁」というキャラクターとして消費されてきた。

しかし、この「強い妻」という記号化こそが、彼女が日常的に抱える精神的な摩耗や孤立感を見えにくくさせている最大の要因である。

世間は彼女を「夫と対等にやり合える強い存在」だと勝手に定義することで、「この人なら何を言われても平気だろう」「夫婦のエンタメとして反論しているだけだ」と錯覚する。

しかし、実際の動画番組等で語られる二人のやり取りを見ると、印象は大きく異なる。

例えば『ReHacQ』の夫婦共演時、ひろゆき氏が「離婚という選択肢について考えること自体が時間とストレスの無駄(コスト)」という極端な合理主義で夫婦関係を処理しようとした際、司会がそれを「モラハラ夫の発想だ」と感想を漏らした流れで、ゆか氏は、ひろゆき氏を指して「モラ味が強い」と指摘していた。

また、ひろゆき氏の要領を得ない長ったらしい言い訳を黙って聞いている時、彼女は終始、困惑の表情を浮かべていた。

更に、番組の終盤、「どんな老夫婦になりたいか」という質問に「もうちょっとお互いをいたわり合える関係の人が横にいるといいなぁ」「お互いに思い遣ってリスペクトできる相手の方が良いと思います」と回答した際、ひろゆき氏が首を傾げた流れで「無理なら無理で、いなくなるだけなんで、大丈夫です」と述べた。

彼女は決して「強いから打ち返している」のではない。

感情やリスペクトを切り捨てる夫の振る舞いに対し、必死に尊厳を守ろうと抗議し続けているに過ぎないのだ。


2 政治的文脈と「身内の恥」という同調圧力

今回の問題が急速に炎上した背景には、「政党設立」という極めて政治的なテーマが絡んでいた点も大きい。

ひろゆき氏の政治活動に対する期待や反発、あるいは共演者である泉房穂氏に対する評価など、当事者以外の多様な意図や思惑が錯綜する中で、ゆか氏の発言は「政治的パフォーマンスへの水差し」「政治的対立のダシ」として消費されてしまった部分がある。

3 「SNSでの公開」が孕む構造的摩擦とプロセスの限界

ゆか氏のSNSでの告発に対し、過剰なバッシングが集まった理由を単なる「無神経な世論」だけで片付けることもできない。

ここには、プライベートな問題をSNSというパブリックな場に持ち込むことへのプロセスの妥当性を巡る構造的な摩擦が存在する。

本来、家庭内の意思決定や夫婦間の不和は、当事者同士の閉じた対話によって解決されるべきだという前提がある。

それをX(旧Twitter)という数百万人に開かれた場で公にすれば、相手に対する「公開処刑」や「ネット世論を味方につけた圧力」と受け取る者も当然にいるだろう。

批判側からすれば、「夫婦の対話不足を外部の暴力で押し通そうとしている」と映ってしまうのだ。

しかし同時に見落としてはならないのは、何故、その方法を選んだのか(何故、その方法を選ばざるを得なかったのか)という点である。

どれだけ家庭内で対話を試みても、相手が「思考コストの削減」や「スルー」を決め込み、対話のテーブルにすらつかない場合、密室での解決は極めて困難となる。

したがって、今回の発信は、夫婦関係を正常化するための洗練されたプロセスなどではなく、

「外部の目を入れなければ意思決定が一方的に進んでしまう」という危機感から生じた、土壇場の抗議行動だったと読み解くことができる。


 

第五章 「論理」で「感情」は割り切れない


1 「効率」が削ぎ落とす「愛」という名の非合理

ひろゆき氏に代表される徹底した合理主義や効率優先の思考は、情報過多で不確実性の高い現代社会において、複雑な問題をシンプルに整理し、ストレスなく生存するための強力なツールである。

感情に振り回されず、意思決定の「説明コスト」や「迷う時間」を削ぎ落とすスタイルに、多くの人々が爽快感や知性を感じるのも理解できる。

しかし、そのナイフを「パートナーシップ(夫婦関係)」にまでそのまま適用しようとするとき、致命的な歪みが生じる。

そもそも、結婚を決定づける「恋愛感情」や夫婦の中で育まれる「愛」という概念自体が、合理性の視点から見れば、極めて非効率で不合理な代物だからだ。

自分以外の誰かのために時間や労力を割き、相手の感情に心を揺らし、時に自分の利益や効率を後回しにしてまで誰かを思い遣る——これらはすべて、コストパフォーマンスの計算式においては「無駄」や「損失」としか分類されない。

それでも人が「愛(または夫婦愛、家族愛)」という絆を大切にしてきたのは、それが利害や損得勘定を超えて人と人とを結びつけ、孤独な個を救う唯一の安全基地(セーフティネット)となるからである。

相手の状況を気遣い、言葉で感謝やリスペクトを伝え、時に議論を重ねて合意形成を図るという「コストと手間」。

この一見非効率に見えるプロセスの中にこそ、「愛」という目に見えない価値が宿る。

それらを「説明コストの無駄」として削ぎ落とす行為は、パートナーシップの根底にある愛という名の接続そのものを切断してしまうことに等しい。


2 「コスト」を払う覚悟としての夫婦関係

今回の騒動は、単なる芸能・有名人夫婦のスキャンダルにとどまらず、効率性と論理が至上命題とされがちな現代社会において、「夫婦として共に生きるとはどういうことか」という根本的な問いを私たちに突きつけている。

結婚、つまり夫婦関係とは、単なる機能的な同居や効率的なライフスタイルではなく、互いの人生の不合理さや感情を引き受ける「人生の共同経営」である。

そこでは「愛という名の非効率なコスト」を払い続ける覚悟が求められる。

自分の合理性を押し通すためにパートナーの感情を切り捨てる関係性は、どれほどスマートに見えたとしても、その実態は一方的な精神的加害や放置と紙一重である。

「論理」は正解を導き出すために有用だが、夫婦関係を救い、結びつけ続けるのはいつだって目に見えない「感情」や「愛」である。

そもそも「結婚」という誓約は、互いに法的・道義的な責任や人生のリスクを共有するという非合理な選択に他ならない。

その非合理な選択をしておきながら、その内部で発生する話し合いやケアのコストを「無駄」として削ぎ落とそうとするのは、根本的な論理矛盾と言えるだろう。

ゆか氏があげた悲鳴と抗議は、効率主義という強固な城壁に対し、妻としての尊厳と対等なリスペクトを求めた一石であったと言える。

私たちがこの事象から学び取るべきは、大切な配偶者を傷つけないために「感情の手間」を惜しんではならない、という普遍的な教訓に他ならない。

いじめ撲滅ドットコム 普津澤峻


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金子圭一元校長独占インタビュー

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B男(赤井楓翔)独占インタビュー

のむらパターソン和孝 旭川市議

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市の隠蔽を暴いた時の報道(テレ朝)

匿名さんのレビュー

元中学教員です。
書かれている内容から、どのような状況だったか、手に取るようにイメージできます。

「学校は何もしなかった」と安易にマスコミや世間は叩くけれど、じゃあ何ができたというのか。
自分たちが中学生の時、スマホやネットがなかった時代でさえ、「大人」が「中学生」を安易に理解できたか。「中学生」が「大人」に今日どこで何をしてどんなことがあったかを逐一報告したか。
自分たちの中学時代に置き換えて状況をもう少しでいいから想像して欲しい。
そこにスマホが加わることで、子供たちの世界はどれだけ大人から見えない物になってしまったか。
もう少し「中学生の今」を考えてみてほしい。

さらには、入学してきてたった数ヶ月の出来事。
生徒への理解、生徒同士の人間関係が少しずつ見えてきた矢先の事件であり、「いじめ」に相当する出来事のほとんどは学校外で起きていた。
教室内・学校内で起こっていたのであれば、学校・教師の責任を追及する声が上がっても仕方ない。
家庭に帰してからの出来事、さらには他校の生徒が絡んだ案件を、保護者すら把握できないのに、担任が、教員がどこまで即座に把握し、指導できるというのか。糾弾している人々にそのすべを教えてもらいたい。

もちろん、他校とも連携を取り、事実確認をしたり、それぞれ話をしたりはする。
一同に集めて話をするのは難しいし、さらにスマホの中での付き合いも加わると、人間関係が複雑で対応は困難を極める。
そこは本当に「学校の」責任の範疇なのか。
起きた事実が「いじめ」や「犯罪」かはさておき、放課後や夜間、休日に起きている出来事すら「学校・教師の責任」なのだろうか。

こんなにも多くの児童生徒が居場所を求めて公園に頻繁に長時間集まっていた。
その時点で保護者や地域にもできることはあったし、動くべきであった。
が、その責任は誰にも追及されない。

学校現場は、外部の方々が思っている何倍も、「トラブルの連続」である。
毎日のように何かしらのトラブルが起き、悩みを抱えた子がごまんといる。
そして、多感な成長過程にある子供たちは、常にそれぞれに課題を抱えている。

現場にいたとき、いつも子供たちに言ってきた。
「人と人とのトラブルは、0対100というケースはほとんどないんだよ。
向こうが全部悪い、私は悪くないと思ってるかもしれないけれど、自分にも何か問題がなかったか考えてみよう」
私は個人的に「限りなく0対100に近いケース」がいじめであると考えている。

本当に本当に悲しい事件だと思う。
しかし、残念ながら、似たような案件は、全国のあちこちに転がっている。
今回の被害者がそうであるかは私には分からないが、心に闇を抱える女の子の多くが、自らの性を、寂しさを解決する手段に使うケースを山ほど見てきた。
自分への興味関心を引き、誰かに求められる・必要とされる実感を得られる、最も分かりやすい「ツール」だからだ。
性の入口に立った中学生達は安易にそれに飛びつくし、特に勉強や部活への興味ややる気をなくし、目的や目標を持てずにいる子供たちにとっては、格好の娯楽となる。

「いじめだ!!」「学校の怠慢だ!!」と声高に叫び、介在した生徒・教員達を叩きまくることで何が生まれ、何が変わるというのか。
この件は、スマホ依存社会、同時に核家族化・共働き化が推し進んだ中で、そのすき間で危ういバランスの人間関係を保っている中学生なら、全国どこででも起こりえる事件だ。
表面化していないだけできっともう同じような事件はたくさん起きていると思う。
失われた尊い命を「無駄にしない」というのは、ただ誰かを叩き、吊るし、結果論で物を言うのではなく、その背景をしっかり理解し、原因や対応策を考え、さあやさんのように、寂しさや孤独を抱えた子供たちを救うこと。ただその一点にあると思う。

2024年6月30日 1:26 PM

匿名さんのレビュー

私も、入水後に入院した病院で治療を継続できなかったのか、ここがターニングポイントだったのかも?と思います。
児童デイや放課後デイは、家庭⇔学校⇔病院⇔福祉を繋ぎます
彼女特有の寂しさや人間関係の困難さ等のサポートが受けられる架け橋になれたはず。
この病院は、この点を指摘してました。
また、引っ越しや転校も彼女の気持ちからするともう少し慎重になれていたら、とも思います。
学校に弁護士を同伴して謝罪を受けられていたら、また入院費や引っ越し等の補償が出来ていたら、遺族はここまで執拗に先生や先輩を追い詰めなかったのか?遺族の本当の目的は何なのでしょう?私なら、売春させられていたとかレイプを受けた、と言われる方が娘の名誉の為に許せない行為ですが。そんな事を配信し続けるインフルエンサーには弁護士からの指摘はないですよね?
A子の「死ぬ気もないのに〜」って言う言葉も、受け取り方でこんなに変わってしまうなんて。A子にとっては、思い留めさせる為だった発言が彼女にとっては言って欲しくなかった一言。大人でも難しいなと思う出来事がまだ10代の子にダメ出しをする、そして死の責任まで言及する、ネットで名前も顔も出される、こんな世の中間違っている。
彼女の死で関係者の将来を潰す事、これが延長線で行われみんなが正義と信じ一致団結したように行われている事に吐き気がします。

2024年6月30日 7:53 PM

匿名さんのレビュー

子供に起こるさまざまな出来事。
起こった良いことを一緒に喜び、辛かったことを聞いて慰める役目を一番に担うべきなのは、子どもの変化に目を向け、小さな変化にも気付き、その原因を突き止めて解消するのは親の役目。

子どもの困りごとに寄り添い、その解消に繋がる道を模索するのも親の役目。
学校も行政も、親からのSOSを受け手助けをする1ピースでしか無い。

学校や行政のせいにし叩き続けている限り、いじめによる自死は無くならないだろう。

2024年6月30日 10:26 PM

学校とはさんのレビュー

再調査委員会の会見見ました。転校先の学校は前中学校でおきたいじめのフラッシュバックの対応までしなければならないのでしょうか。警察も学校もかなり高いレベルでの対応を要求されていますが、ひとりの生徒に対し無理だと感じました。学校の授業以外で校外やSNSを含めた対応を求められ、足りなかった場合は袋叩きに合うのであれば、誰も教員になれないと感じました。

2024年6月30日 11:44 PM

匿名さんのレビュー

発達障害の診断自体、専門医が少なく、予約して半年待ちはザラ。半年という時間は成長期の子供にとって貴重。思春期の二次障害については、受診できる病院が少ない。他県のものですが、これは全国的な課題だと思います。
15歳で思春期外来から精神科が受診先になることをみこした治療をすすめる。医師だけでなくコメディカルによるチーム医療ができる病院がよい。とスクールソーシャルワーカーをしている知人から聞いたことがあります。
遺族の手記が2つあり、文春本裏の30ページと、2021年8月18日公表3ページを読みましたが、いじめが起こる前後と学校側の対応のずさんさを強調した内容。
被害者にとっては小学校高学年から出現した特性ゆえの行動からの進級の選択、疲労につながる塾通い等の考慮、ネット依存状況の把握と離脱、なにより強く訴えている「さびしい」を受けとめてネット以外の心の安定につながる依存先を作っておくことだったと思います。この判断ができなかったという事では、母親にもこの時点で支援が必要だったと思います。
(実際のところはわかりませんが)
入院先での治療を継続すべきだったとのコメントが、ここまでに三人寄せられています。ここが転機だったでしょう。同感です。
再調査委員会最終報告は、自死といじめの因果関係を認めることで、被害者とさして年のかわらぬ子供達に、大人も背負うべきである責任を子供達に背負わす内容。代理人が誇らしげに全国モデルにと言ってたようですが、とんでもないことだと思います。なぜ死を選ぶほどつらい思いをしたのか。黒塗りなどせず公表し真実とむきあうことが、被害者の追悼です。

2024年7月2日 3:05 PM

匿名さんのレビュー

いじめ問題に関して被害者の発達障害について言及すると、
「発達障害を抱えているからっていじめられて良いというのか!」と批判する人が多い。
けれどそういう人達って、
発達障害を抱えている人達の生きづらさを理解しようとすらしていないし、発達障害に対して差別的な認識をしている。
そんな人達が被害者の事を理解せずに、自分の都合や当事者を蔑ろにした認識を押し付けるばかりで、
被害者だけでなく教師なども苦しめている事に目を向けない。

ふつざわさんは発達障害について言及しているけれど、
亡くなられた子が抱えていた特性に対して真摯に向き合っているからであって、そこには理解しようとする姿勢がある。
逆に、
彼を誹謗中傷している人達が、
理解されない事で苦しみ続けていた子に関して、
不都合な事実から目を逸らし続けるのは、
亡くなられた子が抱えていた苦しみを全く理解していないからとしか思えない。

私の場合、
私自身にそういう傾向があるからこそ、
当事者であるからこそ、
死にたくなるほど辛い思いをしてきた人の気持ちがわかる。
だからこそ、
亡くなられた子の等身大の人物像を隠蔽し、
自分達の都合の為に創り上げた虚像を掲げて、
更なる被害を生み出している連中に対して強い憤りを感じている。

イジメの有無ではなく、
「孤独(理解されない苦しみも含む)」こそが死に至らしめるほど心を苦しめる病であり、
衝動性がそれをより深刻な事態に発展させる要素。

2024年7月6日 7:10 AM

あるくむさんの応援メッセージ

世間の論調、それを形成したマスメディアの報じ方と実情がこれほどかけ離れていたことに、驚愕と強い反省を覚えます。昨日もマスメディアは詳細を伏せ、ヤフコメでは加害者晒しなどと全くの誤解憶測が飛び交ってます。とは言え昨日までの私の認識も大差ないものでした。恥ずかしいです。

真実はなぜ伏せられ続けたのか。遺族と協議して黒塗りしたという報道がなされていますが、その協議とは如何なる根拠で、いかなるプロセスで行われたのか。被害者と遺族の抱えた問題をプライバシー配慮という名の下に伏せたことは本当に正しいのか。それによって曲げられた真実は独り歩きして別の誰かを傷つける。社会課題を解決するふりをして、私たちは別の誰かに皺を寄せただけではないか。あなたの行為は多くの根本的な疑問を浮き彫りにしました。

自分も家族に精神障害者を抱えた当事者家族の立場から述べますが、全ての少年少女が障害や多様性を理解し対応できる日は来ないと思います。もちろん、そのための努力は尊いものですが、社会設計は理想や建前だけでは成立しない。そういう楽観論だけでいじめは無くならない。だからこそ本件は徹底した検証がなされるべきだと思いました。あなたが公開した行為の是非はともかく、行動を起こしたからには全ての経緯を公正な手段でつまびらかにしていただきたいと願います。メディアには、手記や告発レポートの形で切り取りしない全文を世に出す責任を果たしていただきたい。

2024年6月25日 6:11 AM

匿名さんからの応援メッセージ

公開してくれたんで、黒塗り版を作った人たちが何を隠したかったのか浮き彫りになると思う
後でゆっくり見させてもらいます、ありがとうございました

2024年6月25日 6:03 PM

匿名さんからの応援メッセージ

あなたは正義の味方です
これからも応援します

2024年6月25日 7:58 AM

匿名さんからの応援メッセージ

公開された正義感と勇気に敬服しました。
文春の記事のいい加減さに、あきれました。公開されなかったら、決して表に出てこなかった事実と感じます。
いじめと自死との関係性について、考えさせられました。
いじめを解決することで、自死を防ぐことができたか、疑問に感じるとともに、
結局、自死を防ぐ有効な手段が見当たらない(現在も)と感じました。

2024年6月25日 7:59 PM

匿名さんからの応援メッセージ

あれだけ大きく報じられ、全国からの問い合わせによって第三者委員会の調査が決まったのに、出来上がった報告書は黒塗りだらけで、なんだこれ?って思ったことを覚えています。
今回全てが読めて、リスク承知で公開してくれたことに、個人的にはありがとうございますと言いたいです

被害者の子が抱える、寂しさや、思春期と発達障害による特性の混ざりあった、お母さんとの衝突やクラスメートとの関わり方の悩み、自分を制御できないもどかしさ等、黒く塗られて知り得なかったことが知れ、どれほど辛かっただろう…と公表版の報告書を読んだ時よりも、より胸が痛みました
同時に、これらのことが何故隠されなければならなかったのか理解に苦しみます

また、ネットニュース等で悪の化身のような書かれかたをしていた校長先生はじめ教師の皆様が、なにも対応していなかったわけでは無かったと知ることができ、学校もすてたもんじゃないなとも思えました

AとBいう選択肢があって、Aを選択したのは間違いでBを選択すれば良かった(Bもするべきだった)
というような文言をよく目にしますが、AもBも選択していれば結果が違ったものになっていたかは誰にも解りません
現場の教師の方々は日々そういった選択を余儀なくされているのですから、むやみやたらに責めるのは辞めて欲しいです

調査報告書が誰かを責めるためのものではなく、起こってしまったことを次に生かすためのものでありますように
また、なるべく黒塗りのない状態で公表され、一人でも多くの人がいじめについて考えるものになりますように

2024年6月25日 10:45 PM

匿名さんからの応援メッセージ

テレビのニュースで見たので探してきました。
よくやった!感動した!!

2024年6月25日 11:35 PM

匿名さんからの応援メッセージ

これは大変勇気のいることだったでしょう。
それでもいじめとそれに関わる人間に立ち向かう姿に感動しました。

2024年6月26日 2:52 AM

匿名さんからの応援メッセージ

私は文春の記事を鵜呑みにして、学校の先生方を悪者と決めつけていました。
その事が恥ずかしいですし申し訳ない気持ちです。

学校の先生方はきちんと被害者に寄り添っていたと読み取れますし、
事実と異なる事を記事にされている加害少年達も一方で被害者と言えると思います。

一体誰のための何のための黒塗りだったのか。。

勇気を出して真実を公開して下さってありがとうございました。

2024年6月26日 8:35 AM

匿名さんからの応援メッセージ

あなたのYouTube Liveなどをよく拝見していました。
あの時、表立って言えないことがこんなにもあったのですね。
あなたの忍耐力に頭が下がります。

2024年6月28日 4:56 PM

匿名さんからの応援メッセージ

随分初期の頃から加害生徒とされる子・ご遺族の両方と繋がっておられたのですね
あなたがXで発信していたことの裏に様々な理由があったことを知りました
言葉が強かったり、一体何がしたいんだ…と思ったこともありましたが、理解できた気がします

2024年6月29日 8:04 PM

匿名さんからの応援メッセージ

2021年当時からふつざわさんの言葉を目にしており、自分なりに理解できたと思っていましたが
まだまだ知らなかった事ばかりで驚いています

いつの日だったか、あちらを立てるとこちらが立たなくなり悩むとどこかで言われていたように記憶しています

今回黒塗りなしの報告書を手にされて、相当悩まれたのではないかと想像しています

3年間見てきた中でこれだけは言えます

ふつざわさんは一貫して不当に叩かれている弱者の味方でした

これからも応援しております

2024年6月29日 8:35 PM

匿名希望さんからの応援メッセージ

黒塗り無しの報告書と内部告発を見て、事件の印象は全く変わりました。
いじめはあったものの、障害による特性と相まって起きた、事故に近い自死であったと認識しました。

加害児童と呼ばれる子達にも優しい面があり、何処にでも居る子供達なのだなと。

他にも知ってる嘘があれば告発してほしいです。
世論が変わるきっかけになると思います。

2024年6月30日 2:20 PM

匿名さんからの応援メッセージ

このサイトで今までの報道とは違う情報を知れてとても良かったです。
何があったのか、自殺だったのか家出だったのか、爽彩さんにしか分からない事ですが、苦悩を知り改善していく事が爽彩さんへの旭川市民として出来る誠意だと思っていました。
だから、某YouTuberに情報を提供した事もありました。
でも、彼は爽彩さんが売春させられていたとか加害児童と言われる子が暴力団と繋がっているとか、噂話をネットに流すだけ。
私にとっては、そんな証拠もない事をネットに流す事は爽彩さんの名誉を傷つける事、また爽彩さんへの誠意ではないと感じていました。
ただ、ネットでこのような意見を書けば加害児童の保護者か?と言われてしまうので。
一言言わせてください!
加害児童が何か今出ている情報よりもっと悪い事をしていても、あなた方の将来を潰していいとは思っていないし、爽彩さんもそんな事望んでいないと思っています。
あなた方が爽彩さんの事で反省や後悔をしていたら、他者に優しくしてあげてください。爽彩さんはきっと、それを望んでいますよ。
あなた方の将来を心配したり、少しでも健やかな毎日が送れる事を望んでいる旭川市民がいる事、お伝えしたかったです。

2024年7月1日 1:07 PM

いいじまさんからの応援メッセージ

自閉症スペクトラム障害の男児(8歳)父親です。
ウチの子もたまに「死にたい」とか衝動で飛び出したりします。

支援級や放課後等デイサービスに通って、今のところは協力いただきながらすくすくと育ってくれています。
成長すれば、色々と人間関係で出てくるかも知れません。

旭川事件は通りいっぺんの記事しか知りません。

ですが、
他人事とは思えず、大変勉強になりました。

ありがとうございます。

2024年7月1日 4:36 PM

匿名さんからの応援メッセージ

ふつざわさんの主張は、
発達障害を抱えている子が抱えていた本当の問題を理解しているからこそだと思うよ。

死にたくなるほど苦しんでいる子達に真剣に向き合ったことがない人達には分からないみたいだけれど、
孤独や理解されない苦しみこそが子供を死に至らしめる問題の本質だよ。

そもそも虐められても支えてくれる存在がいれば人は死を選ばない。

本件は、
支えるどころか自分達の都合を子供にも学校にも押し付けるばかりで、
子の認知を歪めに歪めて更に精神状態を悪化させた上に、
子供の孤立を更に深刻化させた人達が何故か被害者面し、
問題の解決に向き合っていた人達が不当に誹謗中傷されていることが問題。

2024年7月6日 9:33 AM

匿名さんからの応援メッセージ

「顔や名前が出てしまっているけど、遺族側から出てる情報だけでこんな状況おかしくないか?」と思っていても見て見ぬふりのいじめを続けていた私がいます
でも、ふつざわさんの話を見て考えが改まりました
ふつざわさんの話を一方的に信じているわけではなくて、爽彩さんが失踪したとの情報が出て以降、疑問に感じていた事がふつざわさんの話だと納得できる、一番辻褄が合うと感じたからです
だからって、今更私が声をあげても遅いのかも、見て見ぬふりをした時間は戻ってこない
爽彩さんの為にも、今 名前や顔を出てる人達の為にも、やっぱり私も動きます、ふつざわさんだけでなく私も。

2024年7月11日 3:04 PM

匿名さんからの応援メッセージ

陰ながら私も何か出来る事をしていきたいと思います。
優しい子ばかりが傷つくのは、もう嫌です…。

2024年7月14日 8:29 AM

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