旭川女子中学生いじめ事案

『いじめ解決人』 6 Pay back②


「雇い続けることが難しくなってしまいました。ごめんなさい。」

そう言って、私は頭を下げ、父の病状と会社の事情を説明し、サラリーマン時代、仲良くしていた人を解雇しました。

自分が、人を、しかも、仲良くしていた人を、金で計って切ることになるとは、夢にも思わず、話し合いが終わった後は、暫く落ち込みました。


父は、派遣契約が切れても、会社に戻って来て仕事が出来るようにと、請負業務にも力を入れていました。

しかし、リーマンショック以降、その請負も少なくなり、仕事がない場合は、CADの勉強などをやって貰っていました。

もちろん、それでも賃金は発生しますが、そんな状態にあっても、解雇することが出来なかったのは、父の性分なのでしょう。

出来損ないの息子をサラリーマンとして雇ったことも、そういうことに違いありません。

他方、私は、父と母、弟たちを守るために、背負えないものに対する心は、どんどん捨てていきました。



とにかく資金繰りを安定させなければならない。

赤字は切り捨てる。

無駄なものは削る。

2代目がやりがちなことです。

何故、2代目がやりがちなのかというと、新しいビジネスモデルの構築は時間が掛かり、創業者の大胆な手法も真似できない、という事情があるからです。

また、当然ながら、創業者のカリスマ性を引き継ぐことも出来ない。

その為、2代目は、創業者がやって来た業務を体系化したり、合理化したりして、安定したものに変えて、やっていくしかない、というのが実情だと思います。


従業員を解雇して落ち込んでいる最中、解雇することを勧めて来たある役員が、トラブルを起こし、私は、ある決意を固めることになります。

その役員は、会社から金を借り、貸した金額と日付などを記した父のメモ書きを盗み、借りた金を無かったことにしようとした上に、会社の通帳を持ち去り、私が返却するように注意をしても、それを拒否したのです。

その後、弁護士から厳しく注意され、通帳は、しぶしぶ返却してきましたが、盗んだメモ書きについては、白を切り通し、返済も一切してきませんでした。

ちなみに、父は、その役員の隠蔽工作の為に、母親の死に目にも会えず、葬儀会場すらも教えて貰えませんでした。

脳の障害を負ったばかりなのに、「一人で来ることを約束するなら、葬儀会場を教える」と言われたのです。

何をしようとしているのかは馬鹿でも分かるので、私の判断で、そんな要求は飲めないと言って、その場で断りました。

でも、父には、申し訳ない気持ちでいっぱいでした。



息子の学費や自分の趣味の費用に必要だと言って、1000万円以上もの大金を借りておきながら、それを返さないどころか、倒れたことを良いことに、隠蔽工作を図り、更には「母親の葬儀の場所を知りたければ、一人で来ると約束しろ」と言って、脳に障害を抱えた者から、自分たちに有利となる言質を取ろうとする。

そんなことをする野郎に、親父が作った会社を潰される訳にはいかない。

帰り道、車のハンドルを握りしめながら、そう決意しました。

はじめて、会社を守りたい、と思えた瞬間だったと思います。

でも、その直後に「弱い立場に置かれた人の気持ちをもっと理解してやれ」という父の言葉が、古傷のように、痛み始めました。



その後、私は、友人と連絡を取り、「飯食いに行こうぜ」と言って、会いに行きました。

彼は、高校時代、素行の悪い奴らにちょっかいを出され、「もやし」などと呼ばれていた軟弱体質で、粘着質な愉快犯でもありましたが、意外に頑固で、ここぞという時には義理人情に厚い男でした。

そこを見込んで、「協力して欲しい」と頼んでみたところ、彼は、数日後、承諾してくれ、私と共に働くことになりました。

奴を解任し、会社を立て直すために。



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