ルームミラーを出して、乱れたポマードヘアを直し、髭の伸び具合を確認しながら、渋い大人を演じる。
それが客先を訪問する前の儀式になっていました。
関わる人は皆、一回りも二回りも年上。
24歳の社長は、何処に行っても、舐められるのです。
その上、心にもないことを、さも本心であるかのように話し続けなければならず、これが大人なんだと一生懸命自分に言い聞かせても、割り切れない。
「その節は、大変ご迷惑をおかけいたしまして、申し訳御座いませんでした」
そう言って、かつての取引先の上司達に、頭を下げて回った時も、悔しくて悔しくて、車の扉を閉め、「クソ野郎が!!」と叫んでいました。
不自由を感じながら好き放題してきた「いきなり社長(24歳)」の実態です。

そして、いつも通り、運転席で、胸を押さえながら目を丸くさせている友人Aに、「今日は何食う?」と聞き、すぐに出てくるリクエストに応じて、飯を食いに行く。
食い終わったら、その後のスケジュールをこなして、事務所に戻り、用事を済ませ、友人Aと共に家に帰宅し、また仕事。
時間が足りない為、うちに住ませたのです。
もっとも、彼にとっては、暗黒生活だったと思います。
でも、彼は、嫌な顔もせず、着いてきてくれました。
たぶん、自分の暮らしを客観視できない位、忙しいということを考えもしない位、忙しかったのだと思います。
クタクタになって家に帰って来ても、売上の計算をしたり、銀行に提出する事業計画書を作ったり、請求書を作ったり、帳簿データに経費の勘定項目と金額を打ち込んで、レシートをノートに貼っつけたり、給料計算をしたり、求人や社内報やホームページの文章や素材を作ったり、と盛り沢山でした。
おまけに、月の給料計算は、等級と月の評価を反映させる仕組みにしたので、複雑。
流石に、土曜の夜には帰らせましたが、私は、その後も経営関連の本を読み漁りました。


そして、ありとあらゆるものを、導入したり、実行したりしていきました。
トラブルにならないように、ちゃんとした就業規則を作ろう。
老後の不安を少しでも解消する為に、保険を活用した積立型の退職金制度を作ろう。
慶弔見舞金と結婚祝い金は、どうせあげるものなら、喜んで貰える位の、感謝して貰える位の、額にしよう。
派遣先の仕事に甘んじて自己研鑽を怠らないように資格取得支援制度と資格割増賃金制度を設けよう。
皆の顔が見えるように、事務所のレイアウトを変えよう。
派遣に出ている人達に孤独感を抱かせないように、面談を充実させ、社内報を作ろう。
親睦を深めるために、従業員の私生活や色んな情報をまとめよう。
取引先に協力を求め、顧客満足度チェックをして、サービスを充実させよう。
新規の顧客を獲得する為に、ちゃんとしたパンフレットを作ろう。
価格表を作って、偏りのない取引をアピールしていこう。
あらゆる仕事の無駄を省き、能率を上げ、流れ作業のように処理していこう。
財務体質を健全化するために、危険な橋を渡る税理士から堅物の会計士に変えよう。
役員Aの解任を実現するために、弁護士と顧問契約を結ぼう。
めちゃくちゃな経理処理も、土産を配って仕事を取るのも一切やめるんだ。
この契約はいらない、こんな資産も売り飛ばす。
そうやって、決意を重ねながら、着実に、新たな体制を作り上げていったのです。
次の退職者は誰だろうと、怯えながら。

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